丑年に因んで…「牛角」

牛角

牛に角と書いて「ごかく」と読みます。
勿論、「ぎゅうかく」という読み方もあります。
「ぎゅうかく」と読む、焼き肉チェーンもありますが、そのまま「牛の角」という意味です。

「牛角(ごかく)」とは、「牛の二本の角が、大小・長短の差がないこと」から、「力量に優劣の差がないこと」「物が並立すること」を表すようになりました。
国語辞典を引いてみると、「互角」の項に[もと、牛角(ゴカク)の意]とあります。
「平家物語」「太平記」などでは「牛角」が使われていますが、室町時代頃から「互角」という表記が優勢になったようで、最近では「互角」の表記が殆どですね。

ところで、「ほかと同等の位置に並ぶ。肩を並べる」という意味の動詞「ごする」の表記は、「牛する」でも「互する」でもなく「伍する」です。

日本語はややこしくて難しいですね^^;

新しい年を寿ぎ…

寿ぐ

「寿」に送り仮名「ぐ」で、「ことほぐ」と読みます。
「寿(ことほ)ぐ」とは、「祝福すること」や「お祝いの言葉を言うこと」を意味します。
「言(こと)祝(ほ)く」から生まれた語で、「言祝(ことほ)ぐ」とも書きます。
お祝いの言葉そのものを指すのではなく、相手を祝福することを指す動詞です。
名詞の「寿(ことほ)ぎ」が、「寿(ことぶき)」に変化したとようです。
「寿ぐ」は、単なる受験の合格や卒業のお祝いというよりは、新年、結婚、長寿のお祝い事に使われます。

「寿」という漢字の旧字体をご存知ですか?

「寿」の旧字体は「壽」です
常用漢字(新字体)の「寿」は「壽」の草書体によるものです。
「壽」の字義は、「年老いるまで生命が長く連なる」です。
長寿のお祝い、還暦・古稀・喜寿・米寿・白寿などのことを「寿賀」と言います。

いのちながし…

「寿」の常用漢字表における読みは「ジュ(音)」「ことぶき(訓)」だけですが、「ことほぐ」の他に常用外の読みに、「ス」「とし」「ひさしい」があります。
そして論語では…
「子曰。知者樂水。仁者樂山。知者動。仁者静。知者樂。仁者壽。」(論語:雍也第六の二十三)
書き下し文は、「子曰く、知者は水を楽しみ、仁者は山を楽しむ。知者は動き、仁者は静かなり。知者は楽しみ、仁者は寿(いのちなが)し」で、意味は、「知者は、動く水を楽しみます。仁者は、動かない山を楽しみます。知者は活動し、仁者は静かです。知者は変化に適切に対処していくことを楽しみとし、仁者はすべてに安んじて齷齪(あくせく)しないので長生きします。」です。
「寿(いのちなが)し」いいですね♪

謹んで新春の寿ぎを申し上げます

余談ですが…

「寿府」って読めますか?
「寿府」は、スイスの都市ジュネーブの漢字表記です。
ジュネーブには現在、国連の欧州本部、世界保健機関(WHO)などの36の国際機関、約700の非政府組織(NGO)があります。
てっきり、スイスの首都はジュネーブと思いがちですが、スイスの首都はベルンです。

二十四節気

「二十四節気」は、一年を春・夏・秋・冬の季節に分け、さらにそれぞれを6分割した24の期間に名前をつけたものです。
太陽黄経*が30の倍数であるもの(春分・穀雨など)を(中気)、そうでないもの(清明・立夏など)を(正節、節気)といいます。
夏至・冬至の二至、春分・秋分の二分を併せて二至二分(にしにぶん)といい、立春・立夏・立秋・立冬を四立(しりゅう)、二至二分と四立を併せて八節といいます。
*太陽黄経とは、太陽が天球上を通る経路(黄道)を等角に分割した座標のこと。特に春分点を座標0として360度に当分したものをいいます。

名称の由来
天象と暦学上の季節区分 春分・夏至・秋分・冬至
暦学上の季節区分 立春・立夏・立秋・立冬
気温 小暑・大暑・処暑・小寒・大寒
気象 雨水・白露・寒露・霜降・小雪・大雪
物候 啓蟄・清明・小満
農事 穀雨・芒種
二十四節気一覧
季節 名称 日にち 節気名の意味
立春 正月節 2月4日頃 寒さも峠を越え、春の気配が感じられる
雨水 正月中 2月19日頃 陽気がよくなり、雪や氷が溶けて水になり、雪が雨に変わる
啓蟄 二月節 3月6日頃 冬ごもりしていた地中の虫がはい出てくる
春分 二月中 3月21日頃 太陽が真東から昇って真西に沈み、昼夜がほぼ等しくなる
清明 三月節 4月5日頃 すべてのものが生き生きとして、清らかに見える
穀雨 三月中 4月20日頃 穀物をうるおす春雨が降る
立夏 四月節 5月5日頃 夏の気配が感じられる
小満 四月中 5月21日頃 すべてのものがしだいにのびて天地に満ち始める
芒種 五月節 6月6日頃 稲や麦などの(芒のある)穀物を植える
夏至 五月中 6月22日頃 昼の長さが最も長くなる
小暑 六月節 7月7日頃 暑気に入り梅雨のあけるころ
大暑 六月中 7月23日頃 夏の暑さがもっとも極まるころ
立秋 七月節 8月7日頃 秋の気配が感じられる
処暑 七月中 8月23日頃 暑さがおさまるころ
白露 八月節 9月8日頃 しらつゆが草に宿る
秋分 八月中 9月23日頃 秋の彼岸の中日、昼夜がほぼ等しくなる
寒露 九月節 10月8日頃 秋が深まり野草に冷たい露がむすぶ
霜降 九月中 10月23日頃 霜が降りるころ
立冬 十月節 11月7日頃 冬の気配が感じられる
小雪 十月中 11月22日頃 寒くなって雨が雪になる
大雪 十一月節 12月7日頃 雪がいよいよ降りつもってくる
冬至 十一月中 12月22日頃 昼が一年中で一番短くなる
小寒 十二月節 1月6日頃 寒の入りで、寒気がましてくる
大寒 十二月中 1月20日頃 冷気が極まって、最も寒さがつのる

節分と追儺

本来、「節分」とは季節を分ける、つまり季節が移り変わる節日を指し、立春・立夏・立秋・立冬それぞれの前日に、一年に4回ありました。
ところが、日本では立春は一年のはじまりとして、とくに尊ばれたため、次第に「節分」といえば春の「節分」のみを指すようになっていったのです。
立春を一年のはじまりである新年と考えれば、「節分」は「大晦日」にあたりますね。
平安時代の宮中では、季節の分かれ目、特に年の分かれ目には邪気が入りやすいと考えられており、大晦日に陰陽師らによって旧年の厄や災難を祓い清める「追儺(ついな・おにやらい)」の行事が行われていました。
宮中では官職の者が鬼の姿をして災害や疫病などの災いに見立て、黄金の仮面に矛や盾を持った者が豆を撒きながら悪魔悪鬼を追い払い新しい年を迎えたといいます。
豆は「魔滅(まめ)」に通じ、無病息災を祈る意味があります。
その昔、京都の鞍馬に鬼が出たとき、毘沙門天のお告げによって大豆を鬼の目に投げつけたところ、鬼を退治できたという話が残っています。
つまり、「魔の目(魔目=まめ)」に豆を投げつけて「魔を滅する(魔滅=まめ)」に通じるということです。

相互扶助制度を理解していますか?

相互扶助って何?

「『生命保険営業の仕事を始める』と友人に話すと、困惑されるんです」と聞くことがよくあります。
私も幼馴染に「生命保険会社で営業の仕事を始める」と伝えたところ、「私に保険の話をしたら友達の縁を切る」と一刀両断されたことがあります。
こんな過激な反応をされた原因は、私自身にも問題があるのかもしれませんが、一般的に友人が携わる職業としての評価は高くはないようです。
その理由は、生命保険会社の黒歴史がいろんな形で広がったからではないでしょうか。
でも、その低い評価は「誤解だ」と、今はきっぱりと言えます。

そもそも、保険制度ってひと言で表現すると「相互扶助制度」なのです。
検索サイトを巡っていると「相互扶助制度とは社会、組織の構成員同士が互いに助け合うこと」とあります。
お互いに助け合う制度で作られたものが「生命保険」や「共済」であり、同じ仕組みで「社会保険制度」もできています。
わかりやすい表現で書いてあるサイトを発見したので紹介しますね。

困っている人がいたら、「たすけたい」と思う人が多くいますよね。「相互扶助」の「相互」はお互いにという意味です。
「扶」も「助」もたすけるという意味で、「扶助」となると力を添えてたすけるという意味を持ちます。共済や保険も、みんなでお金を出し合って、何かあった人が共済金(保険金)を受け取ります。普段は他の人をたすけていることになりますし、自分が共済金(保険金)を受け取るときには、他の多くの人が支払ったお金から支払われます(=多くの人にたすけられます。)。
たすける、たすけられるは、その時々のこと。
長い人生、いつたすける側になるかたすけられる側になるかは、わかりません。』

一般社団法人 日本共済協会HP
「共済って、いったいどんなの?」より

困った人を、困らなかった人が支払ったお金で助けるのです。

「販売員」ではなく「募集人」

日本で保険営業をしている人のほとんどが、一般課程試験(財団法人生命保険協会が実施している生命保険の販売資格試験)に合格すると金融庁長官に登録の申請を行い、募集人として登録することができます。
販売資格をとって「生命保険募集人」として仕事ができるわけです。
決して「販売員(売る人)」ではありません。
所属する会社の募集人として「生命保険制度(個別の商品)に賛同してくださる方を募集」して歩くわけです。
賛同し、その制度に加入したいと意思表明をし、保険料を払うことで権利が発生します。
「困った時には助けてもらえる権利」を得るわけです。
困らない時の保険料は、困った人を助けるために使われていますから、有効活用なのです。
「払った保険料が返ってこないのはおかしい!」と言う方がいらっしゃいますが、「困った時にだけ助けてもらおう」という考え方のほうがおかしいのではないでしょうか。
ですが、保険料は貯金や預金のように「預けている」と誤解させた責任は、提案する側にもあったのではと思います。
加入してもらったから「ありがとうございます」ではないのに、成績欲しさに加入だけのためのセールスをしてきたのではないかと反省する必要があります。

「あなたに出会えてよかった」と…

「あなたに出会ってよかった」といわれる担当者になれていますか?
大切な人に「生命保険制度の話」を伝えていますか?
1件欲しさの押し売り営業は、自分の首をしめます。
だからこそ、「相互扶助制度」ってなんだろうと、真剣に考えてみてほしいのです。
こんな大切な仕事は他にはありません。
たくさんの誤解を解くためにも、「相互扶助制度は社会の大切な仕組み」であるということを理解して、お客様に提案をしてください。
そうすることで、「あなたに出会えてよかった」とお客様から言われる「募集人」になれるはずです!

 

次回は、相互扶助の歴史
笑顔配達人 池田 かおる

「右ける」…、なんて読む?

「右ける」は「たすける」と読みます。
「たすける」で、まず思い浮かべる漢字は「助ける」ですよね。
でも、「たすける」と読む漢字は、「助ける」の他にもたくさんあることをご存じですか?

「たすける」と読む漢字

「介」「右」「左」「丞」「佑」「佐」「助」「扶」「侑」「祐(祐)」「相」「拯」「毘」「将」「毗」「救」「掖」「翊」「幇」「援」「補」「弼」「掾」「裨」「資」「輔」「賛」「幫」「翼」「贊」「讃(讚)」※( )内は旧字体です。
こんなにあるんです。
でも、残念ながら、普段は常用漢字に訓読みがある「助ける」しか使いませんよね。
保険営業で一番初めに習う「相互扶助」に、「たすける」と読める漢字が3つも入っているのですねっ!

名刺の扱い方で気持ちを表現!

ビジネスシーンで、自己紹介のツールとして使われる「名刺」には、たくさんの情報が入っています。
表面には、企業名・住所・役職名・氏名・電話番号・FAX番号・Emailアドレス・ホームページのURL。
裏面には、企業の理念や方針が記載されていたり、メモ欄が設けてあったりする場合もあります。
特に表面は、その方の貴重な情報が記載されているので、「相手の顔」と表現されることもあります。
ですから、企業名や氏名に自分の指などが重ならないように、気をつけて取り扱う必要があります。

そもそも、マナーは「待遇表現」といわれる行為です。
「待遇表現」とは、人間関係、場面、扱う内容を特別に配慮していることを表したい場合に用いる表現のことです。
「私はあなたのことを○○だと思って対応しています」と、自分との距離を表現するのです。
相手を高く待遇するプラスの待遇表現として敬語があります。
敬語は、立場によって使い分けます。
相手が自分より上の立場だと思う場合=尊敬語
相手より自分が下の立場だと思う場合=謙譲語
相手と自分が同じ立場だと思う場合=丁寧語

言葉とは違いますが、出会いの最初の段階で使用する「名刺」は、第一印象づくりに大切なツールです。
「私はあなたに出会って嬉しいです」
「来ていただいてありがたいです」
そんな気持ちを、「名刺」の取り扱いで表現できるのです。
「名刺」を大切に扱うことで気持ちを表現できるチャンスを、活かしてみてはいかがでしょうか。

次回は名刺入れのお話です。
笑顔配達人 池田かおる

何故「名刺」の「シ」は「紙」ではないの???

「名刺」の材質は紙ですから、「名紙」の方がピンとくると思われる方も多いと思いますが…。
何故、「紙」ではなく「刺」なのでしょうか。
この「名刺」という漢字ですが、中国の古い言葉です。
そのルーツは、起源前3世紀頃の漢の国で初めて使ったという説があり、一般的には7世紀頃の唐の時代に広く使われるようになったようです。
まだ「紙」というものがなかった時代、訪問した相手が不在だったとき、木や竹を削った札に自分の名前を書き、戸口に「刺して」訪問したことを残していました。
その木や竹の札が「刺」と呼ばれたのです。
「名」を戸口に「刺す」のだから「名刺」。
当時も「名刺」は身分の高い人を訪問した際に面会の取次ぎとして使われていたり、挨拶に際して交換されていたりしたそうですから、使用方法は現在と同じようなものだったのですね。

編集後記

「名刺」を口語辞典(新明解国語辞典第七版)で調べてみると、「〔『刺』は名札の意 小型・厚めの白い紙に、名前などを印刷した物。日本で、初対面の時などに出す」とあります。
因みに、現在の中国では「名刺」という漢字は使われていません。
名刺を表す言葉は「名片(ピンイン)」です。
Google翻訳で日本語の「名刺」が中国語で「名片」に翻訳されるか確認していたところ…、

慌てものですよね~、中国語に「名刺」って入れたものですから、「有名なとげ」と翻訳されちゃいました(笑)